日本の食文化の象徴のひとつとして、今や世界で愛されるラーメン。その器であるラーメン鉢は、MUSUBI KILNのベストセラーカテゴリーのひとつだ。2026年1月、MUSUBI KILNは自社で開発を手掛けたオリジナルのラーメン鉢を発売した。器の大きさやフォルムから釉薬が織りなす繊細な色彩まで、試行錯誤の末に辿り着いた「理想のラーメン鉢」とは。

オリジナルラーメン鉢のラインアップ
「黒備前 青がけ」「志野織部流し」「白貫入均窯がけ」など、釉薬の異なる7つのバリエーション

自分たちにしかできない器をつくる

目の前に置かれたラーメン鉢には、思わず手にとってみたくなるような存在感がある。サイズは、一般的なラーメン鉢よりもひと回りほど大きいだろうか。腰から縁にかけてやわらかなカーブが描かれている。「黒備前 青がけ」「志野織部流し」「白貫入均窯がけ」など7つのバリエーションがあり、それぞれの釉薬が生み出す繊細な表情に見入ってしまう。たしかにラーメン鉢なのだけれど、今まで見たどのラーメン鉢ともどこか違う―――。

「ラーメン鉢は、MUSUBI KILN でも一番人気のカテゴリー。だからこそオリジナルの器を作りたかったし、作るからには自分たちにしかできないユニークな器にしたかった。そう考えたことがすべての出発点でした」と話すのは、同プロジェクトを手掛けたアートディレクターの梅原春佳。

プロジェクトの始まりは、1年ほど前のことだった。

「日本のラーメン鉢の多くが美濃焼ということもあり、まずは美濃焼の産地である多治見市の前畑株式会社さんに相談したところ、信頼できるパートナーとして大東亜窯業さんと源兵衛窯さんをご紹介いただきました。今回のオリジナルラーメン鉢では、大東亜窯業さんが生地制作から素焼きを担当し、その器に源兵衛窯さんが釉掛けを行ってくれています。MUSUBI KILNでは、これまでいくつかのオリジナルアイテムを発表していますが、器の大きさや形を設計する段階からものづくりをするのは、初めてのこと。いま振り返ってみると、この座組みがあったからこそ、理想のラーメン鉢ができたのだと思います」

大東亜窯業での器の試作
大東亜窯業:器の試作とフォルムの検証
源兵衛窯のサンプルピース
源兵衛窯:サンプルピースによる釉薬の選定

「かたち」に込められたミリ単位のこだわり

開発の第一歩は、「かたち」を決めることから始まった。まずは市場にあるラーメン鉢をリサーチし、日本人が思い描くスタンダードな形状のなかから「理想に近いかたち」を検討。そこからブラッシュアップを行っていったという。

「海外市場では、日本の一般的なサイズよりもひと回り大きい器が好まれる傾向にあります。しかし『理想に近いかたち』のラーメン鉢をただ大きくするだけでは、どうしても野暮ったくなってしまう。『ラーメン鉢のどこに美の秘密が隠されているのだろう?』 私たちは、そんなディスカッションを繰り返しました」

辿り着いた答えの一つが、器の”薄さ”だった。とくに外に向かってゆるやかに開きながら薄くなる縁は、繊細な印象を与えると同時に口当たりの良さも実現する。さらに、すこし膨らんだ腰から胴を経て口縁にいたるしなやかな曲線も、数ミリ単位で微修正を繰り返した重要な要素だった。

「石膏型の段階では『これが正解!』と思えても、素焼きすると収縮して小さくなったり、歪んで印象が変わってしまったりもする。大東亜窯業さんのご協力のもと何度も試作を重ねることで、ようやく納得のいくフォルムになりました。スタンダードなラーメン鉢でありながら、海外の方のライフスタイルにも馴染み、なおかつ日本らしい上品さがある、MUSUBI KILNらしい『かたち』になったと思います」

釉薬が生み出す「景色」を求めて

辿り着いた「かたち」に、どのような「景色」を描くか。その点が今回のプロジェクトの大きな山場となった。

「絵付けの器も素敵だけれど、今回私たちが目指したのは、釉薬そのものの美しさを楽しめる器でした。釉薬の表情は、使うほどに味わいが増していく。暮らしのなかで長く愛され、育っていく器にしたかったんです」

そう話す梅原は、源兵衛窯の工房に並ぶ無数のサンプルピースから、今回のラーメン鉢に合う色彩を選んでいった。織部、志野、染付。シリーズとして揃ったときのバランスも視野に入れながら色彩を検討する工程を、「楽しかった」と梅原は振り返る。

「今回のラーメン鉢はサイズ的にも大きく、とても存在感があります。源兵衛窯さんのサンプルには、その迫力に負けない美しさを持つものが多かったですし、なかにはこれまで見たことがない釉薬の色彩も。『この色をラーメン鉢に落とし込んだら、おもしろいだろうな』とワクワクしたことを覚えています」

こうしていくつかの色彩が選定されたが、すべてが順調に進んだわけではない。例えば、小さな器で美しく発色していた釉薬を大きなラーメン鉢で再現しようとすると、問題が生じることがあるのだ。

「今回はほとんどの作品で2種類以上の釉薬を組み合わせて使っているのですが、釉薬の成分や収縮率が違うことで互いが引っ張り合ってしまって、割れるようなひびが生じることがあるのです。源兵衛窯の方からは、『この釉薬とこの釉薬は一緒に使えないよ』『サンプルのような色をラーメン鉢で表現するために、少し釉薬の調合を変えてみよう』と、その都度アドバイスをいただきました。釉薬の濃度や量、器を浸す時間を調整することで釉垂れの微細な表情までコントロールする技術に、プロフェッショナルの凄みを感じました」と梅原は話す。

一方、源兵衛窯の中村奈々さんは、今回のプロジェクトについて、こう話す。

「このラーメン鉢はサイズが大きく重い器のため、手に持って釉掛けすることが難しい。内側と外側に絵付けの釉薬を注ぐのですが、流れを出すために振る作業は大変です。手塗りの美しい釉薬面にするため、釉薬は一個一個攪拌し、塗る際に手のスピードを一定に保つことを意識しています」

また、2層以上の釉薬を掛けるときは、1層目が乾き切る直前に2層目を掛ける職人技が求められるのだという。

「1層目が乾き過ぎてから2層目を乗せると、泡が入って仕上がりが悪くなってしまうんです。特に縁に貫入を入れる場合は乾きすぎると空気が入って穴が開くことも。この点は、経験と感覚が強く求められます。また、色を出したい部分は単体で掛け分け、重なる部分だけが重なった色になるように設計しています。重ねて良い場所とダメな場所を見極めながら掛けるのが、独特の質感やグラデーション表現につながっています」

さらに、器の外側だけでなく内側にも釉薬が掛かっていることも、今回のラーメン鉢の特徴のひとつ。

「ラーメンを食べているときは、器を真上から見ることがほとんどです。だからこそ器の内側の『景色』も大切にしたかったんです。スープの上のラインが一本あるだけで、日本の美意識をより強く感じていただけると思います」と梅原は話す。

楽しみながら理想を追求する梅原の情熱と、それに応える職人の知恵と技。両者が噛み合ったことで、これまでだれも見たことのないラーメン鉢の「景色」が生まれているのだ。

完成したラーメン鉢

ものづくりの喜び

MUSUBI KILNのものづくりにとっても大きな一歩となったこのプロジェクトを通じて、梅原は多くを学んだという。「普段から各地のつくり手の方と関わっていますが、構想段階からものづくりと向き合うことで、一つの器が生み出されるまでに、多くの試行錯誤や工夫があることを実感しました。その経験を通じて、日本の伝統工芸のすばらしさを、より深く、より強く知ることができたと思います」

1年近くにおよぶものづくりの途上には、きっと迷うこともあったはず。そんなとき、梅原は何を道標に進んでいったのだろうか。

「日本の器であること、上品であること、暮らしに馴染むこと――。MUSUBI KILNにはさまざまな美意識があって、チームのみんなが現在進行系で『自分たちらしさとはなにか?』を考えているところだと思います。ただ、個人的に今回のプロジェクトにおける根源的な判断基準は『自分がほしい器であるかどうか』ということ。だから、オフィスにサンプルが届いたとき、多くのメンバーが『私も自宅用にほしい!』といってくれたことは、ほんとうにうれしかったです」

アメリカの厳しい安全基準なども無事クリアし、1月に発売されたオリジナルのラーメン鉢。そこには、日本の美意識と伝統技術、そしてものづくりの喜びが詰まっている。