伝統的な手仕事産業を再び盛り上げ、その消費を回復させるには、どのような取り組みが具体的に必要なのだろうか。愛媛県での事例について、県営業本部の笠置規義さんと、伊予水引金封協同組合顧問の月岡彩さんに話を聞いた。
地元の手仕事産業を官民一体で支援
愛媛県では、県内で長く受け継がれてきた伝統的な技術や技法によって作られ、地元の風土の中で育まれ愛されてきた工芸品・民芸品26品目と、食品2品目の計28品目を、県独自の「伝統的特産品」として認定。その需要を国内外で高めるべく、官民が一丸となってさまざまな取り組みを続けている。
笠置さん:「私が所属するえひめ営業本部は、行政機関には珍しく、民間商社のような営業活動を行っている部署です。『伝統的特産品』を始めとする”愛媛らしさ”あふれる良質な製品の数々を『すごモノ』と名付けてデータベース化。これを営業ツールとして活用しながら、作り手の皆さんの営業の補助エンジンとして県外・国外の卸売・小売業者とのマッチングの支援を行っています。また、県が運営するポータルサイト『愛媛百貨選』や、国内最大級のECモール内に構築した県産品特集サイト『愛媛百貨店』などを通じ、国内ECサイトでの販売促進活動にも取り組んでいます」
そんな愛媛の伝統的特産品のひとつが、県東部の四国中央市で明治時代頃から作り続けられている「伊予水引」細工だ。結納式での飾り物のほか、結婚式、葬式などで使われる金封の装飾として、慶事・弔事の際に長く使われてきたが、近年は結納行事の簡略化、電子マネーの普及など、生活スタイルの変化もあって需要は縮小傾向にある。
そこで2020年、産業振興の一環で立ち上げられた伊予水引の新しいブランド『MIMUS(ミムス)』にデザイナーとして加わったのが地元出身のアーティスト、月岡さんだ。これを機に笠置さんと月岡さんは知り合い、以降、イベントなどで共に活動する機会が増えていったという。
全国有数の紙製品の産地である四国中央市。その紙を使った原材料の生産から加工、仕上げまでの一貫製造が可能で、高い技能を持つ作り手が多いという強みを持つ伊予水引の業界。月岡さんは『MIMUS』を通じて、インテリアやアクセサリーなど現代の暮らしに合った新しいスタイルで水引の魅力を発信。同時に熟練の伝統工芸士たちにもスポットを当て、ブランド価値を高めるため、従来の慣習にとらわれない活動を積極的に推進している。
月岡さん:「組合所属の伝統工芸士さんたちはライバル同士でもあるため、以前は共同で作業する機会がありませんでしたが、『MIMUS』では私が皆さんにお話を聞いて回り、全員が参加する分業体制での制作に初めて挑戦していただきました。こうしてそれぞれの高度な技術をシェアしながら協力し合い、これまでにない作品を作りあげたことには、皆さん、大きな手ごたえと意義を感じていただけたようです。どれほど歴史ある貴重な技術も使い続けていかなければいずれ衰え、受け継がれていくこともありません。『MIMUS』が、そんな技術継承の機会になれたらとも考えているんです」
見る人に伝統工芸士の技そのものの魅力を存分に味わって欲しいとあえて色彩に頼らずに白一色で作り上げた結納飾りの「白無垢」シリーズ。対照的に、技術革新によって生み出された豊かな色彩と独特の質感が魅力の水引を使った「彩無垢」シリーズなど、月岡さんならではの大胆な発想から生み出された『MIMUS』のプロダクトはどれも、誰もが思わず目を引かれる素晴らしさに溢れたものばかりだ。
インバウンド向けポップアップが大成功
2025年9月には笠置さんが所属する営業本部が中心となり、近年急増するインバウンド客向けに伊予水引を含む県産品の需要拡大を目指し、「愛媛百貨店POP UP STORE」と題された物産イベントが開催された。
笠置さん:「大阪駅直結のショッピングセンターと、東京駅至近のデパートを会場に、広く国内外のお客様に愛媛県の工芸品や食品を直接手に取っていただき、試食もしていただける体験型イベントを期間限定で開催しました。会場での直接購入だけでなくオンラインでも買い物ができ、国内最大級のECプラットフォーム運営企業のシステムを利用して海外直送も可能な仕組みとしました。売上では、国内・海外向けともに成功したと考えています」
月岡さん:「イベント会場では、県のコンテストで受賞歴のある老舗企業が手がける、伊予水引製ブローチの手作り体験キットを使ったワークショップも行われました。これには外国人来場客を含めてかなりの反響があり、参加者の列が途切れることがありませんでしたね。紙素材で作られているという水引のサステナビリティは、特にヨーロッパの方に高く評価されているようです」
積極的な海外進出も課題解決の糸口に
その他にも、シンガポールでは、県と現地の小売業者が協働し、2023年から県産品の販売が始まっている。これがきっかけで人気商品となり、県内の工芸メーカーに現地から新規注文が舞い込む例が見られ、中には作り手がシンガポールに渡航してワークショップを開催するに至ったケースもあるという。また、県内の事業者からの要望を受けて、2026年2月に開催されたニューヨークでの展示会「Shoppe Object(ショップオブジェ)」へ県ブースを初めて出展し、県内のメーカー数社とともに参加。今後は欧米向けの販促活動も順次進めていきたいと笠置さんは話す。
笠置さん:「これからも、県内事業者の皆さんの営業の補助エンジンとして、作り手の方たちと一緒に活動していきたいと思います。県内には、優れた素材や技術に支えられた産品が数多くありますが、まだまだ広く認知されるには至っていません。県産品の認知度を国内外でさらに高め、そのブランド力を大きく引き上げるため、我々が窓口となって五つ星ホテルなどとの連携もスタートしており、今後も更なる拡大を模索していくつもりです。県内事業者の皆さんの逸品が、一人でも多くの世界中の方々の手に届けるお手伝いが出来ればと考えています。」
月岡さん:「『MIMUS』での活動は水引職人の皆さんの自信を生み、創作意欲をかき立てることに繋がりました。私はいつも伝統工芸士さんたちに『皆さんはアーティストです』とお伝えしています。アート作品にふさわしい対価で伊予水引細工を販売できるようになるのが目標のひとつですね。そのために、ひとりのデザイナーとして、皆さんのサポートにこれからも全力で取り組んでいきたいです。今後、伊予水引のブランド力が高まれば単価もあがり、産業としての盛り上がりも生まれることでしょう。水引作りが夢のある、かっこいい仕事だと子供たちに思ってもらえるようになれば、現在の後継者問題も徐々に解決へと向かっていくのではないでしょうか」
笠置 規義(かさぎ のりよし)
愛のくに えひめ営業本部 すごモノ係長
2019年、愛媛県庁に入庁。観光物産課で県指定の伝統的特産品の振興や県産品の新商品開発事業などを手がけた後、2023年に現所属のえひめ営業本部へと異動。今治タオルや砥部焼をはじめとする県の重要な特産品「すごモノ」の販路拡大に向けた活動を行うとともに、県産品全般のEC販促支援業務にも従事している。
月岡 彩(つきおか あや)
伊予水引金封協同組合顧問 MIMUSデザイナー
愛媛県松山市生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒。国内外の展覧会やプロジェクトへの参加実績や受賞経験を持ち、2009年にはニューズウィーク日本版で『世界が尊敬する日本人100人』に選出された。デザイナー、舞台衣装家としても活動しており、母校・武蔵野美術大学では非常勤講師を務めている。