海外から注目を集めている日本の伝統工芸品。だが、その魅力を客観的に捉え、適切に伝えることができなければ、消費者の心を掴むことはむずかしい。その課題に石川県は取り組み、伝統工芸界を支援している。
現地で需要が高まっているのは「酒器」
輪島塗や山中漆器、九谷焼など36品の伝統工芸品があり、日本最多の伝統工芸地域として知られる石川県は、工芸品の海外展開支援に力を入れている。その拠点である石川県シンガポール事務所に赴任する北田拓也さんは、取り組みについて次のように話す。
「主に実施しているのは食品や工芸品など県産品の輸出拡大支援です。オーチャードという繁華街にアンテナショップを設け、募集・選考した県産品をテストマーケティングとして販売しています。そこで得た消費者の声を生産者へお伝えし、海外展開に役立てていただきます」
工芸品のなかでは食器を中心に取り扱い、「シンガポールでは日本酒が市場に浸透してきている」ことから、最近は酒器関連の需要が高まっているという。販売に立ち会うこともある北田さんは、日本の伝統工芸に対する現地の反応について次のように分析する。
「シンガポールは中華系の方が多く、縁起がいいとされる赤や金などの派手な色のものが好きという印象です。日本の金箔の99%は石川県でつくられていることもあり、金箔を貼ったグラスなど、金を使った工芸品がこちらでは人気ですね」
また、きめ細やかな匠の技が詰まった芸術性の高い日本の工芸品はシンガポールでも特異な存在のため、制作工程を直接見てもらうことで富裕層を中心に購買につながりやすいと実感を語る。
「日本の伝統工芸品を扱う現地のギャラリーと連携してイベントを展開しています。輪島塗の職人の方に来ていただき、デザインが繊細で高価な工芸食器を店頭で実演販売しました。漆器は理解してもらいづらい面があるのですが、つくり手が直接伝え、実演することで興味をもってもらいやすくなります」
北田さんが最近、特に意識していることは「シンガポールで日本の伝統工芸品を買うことの意味付け」を考えることだ。たとえば、酒器の需要が高まれば酒の試飲会イベントを企画し、あわせて酒器を販売することで「購入する意味」が生まれやすくなる。
「ほかにもシンガポール限定仕様の工芸品を展開しています。青郊窯とコラボしたマーライオン九谷焼や、サンリオとのコラボでハローキティを描いた九谷焼などを2千円〜3千円など買いやすい価格で、東急ハンズや空港の土産物屋で販売しています。シンガポールではサンリオのキャラクターが人気なので購買意欲が高まると考えました。展開したところ好評です」
「体験」により工芸品の魅力を伝える
これらと並行して、伝統工芸などの県産品の魅力を活用したインバウンド誘客のプロモーションの企画も行っている北田さんは、「体験」が1つのキーワードになっていると話す。金箔貼りや漆器の生地づくりの体験コンテンツをツアーパッケージに入れるなど、旅行代理店と新たな試みを展開している。
「じつはシンガポールの方には日本を知っている人が多く、ある調査では7〜8割が日本に行ったことがあるそうです。そのため、兼六園など従来の観光名所だけでなく、見たことはあるけれど詳しく知らない工芸品が実際につくられている現場を訪れ、自分でも体験できるツアーが日本好きの現地の方々に強く響いています。説明するとその場で予約する方もいます」
体験に対する需要が高まっている流れを踏まえ、北田さんは今年1月にシンガポール事務所主導で伝統工芸の魅力を伝える TikTok アカウント「ishikawa.craft」を開設。和傘をつくる体験ができる金沢の「和傘 傘森」に着目し、制作過程を動画にアップしたところ、100万再生を超え、体験や伝統工芸の価値を改めて実感したという。
「この動画はシンガポールに限らず、世界のさまざまな国で見られています。動画は魅力を伝える良いツールですが、生産者の方が動画をつくるのはハードルが高く、見せる・伝えるところまで手が回っていない点が多々あると思います。シンガポールに拠点がある私達の強みを生かして、そこも支援しながら海外へ魅力を伝えていきたいですね」
今後の展開としてはアパレルショップと連携し、伝統工芸の新たな魅力を伝える企画を予定している。
「伝統工芸をうまく生活に組み込んで表現できないかと考える生産者が増えているので、アクセサリーに工芸を使ったビジネスを展開します。九谷焼の端材を使ったピアスやリング、金箔や水引を使ったアクセサリーなどを取りそろえ、今年のクリスマスの時期に約1か月間、石川県の工芸を使ったアクセサリーのポップアップを開催することが決まりました。こういう新しいことにもどんどんチャレンジしていきたいですね」
北田 拓也(きただ たくや)
石川県シンガポール事務所 駐在員/JETRO SINGAPORE Director
民間企業で勤務の後、2014年石川県庁に入庁。情報産業、食品産業などの担当を経て、2020年より海外展開を担当。2023年4月より石川県のシンガポール事務所の駐在員として、情報収集やプロモーションなど、石川県産品の輸出拡大やインバウンド促進に関する支援を行う。