毎日使う箸に、どこまで「世界」を込められるか。商品のかたちや機能を超え、使い手の感情、作り手の想い、そして地域に根ざした記憶までを包み込む。マツ勘の箸には、そんな世界観が息づいています。

その源泉と実践について、マツ勘の4代目・松本啓典社長に、Musubi Lab 代表の房田が聞きました。

対談する松本啓典さん
松本 啓典(まつもと たかのり)
1986年小浜市生まれ。陸上選手としてロンドン五輪育成選手を経験後、24歳でマツ勘に入社。2021年、4代目社長に就任。
対談する房田基嗣
房田 基嗣(ふさだ もとつぐ)
Musubi Lab 代表取締役。

ビジョン ─ 箸で「わくわく」をつくる!

マツ勘のビジョンにある「箸で『わくわく』をつくる!」という言葉がとても印象的でした。これはどういった背景で生まれた言葉なんでしょうか?

創業100周年の節目にスタッフとワークショップを行い、当社のビジョンを考える中で、お箸を通じて「わくわく」を届けたい、という想いが自然と出てきたんです。僕自身、仕事をしながらわくわくしていたいと思いますし、それを伝えていけたらと考えています。

それ以前に、会社としての明確なビジョンはあったんでしょうか?

言語化されたものはなかったですね。オーナーとしての哲学はあったけれど、それが社内に浸透していたかというと、正直全く伝わっていなかった。でも、この会社は自分一人のものではなく、みんなで共有すべきものだと感じていたので、あらためて”共有できるビジョン”を掲げることには意味があったと思います。

商品 ─ 風景や感情を使い手に手渡す

『桜咲く』や『海の音』、そして『結晶』のような商品のシリーズには、それぞれ豊かなストーリーを感じます。商品企画にはどのように関わっておられるのですか?

商品の企画自体は専門部署が担当するため、僕は間接的に関わることが多いんです。彼らは職人の技術を深く理解した上で、マツ勘にふさわしい商品を企画・デザインし、プロモーション素材までを一貫して制作しています。

例えば『海の音』は、貝殻で螺鈿細工を施した箸と、地元の和菓子店からお借りした、貝の形の落雁の型をベースに作った箸置きのセットです。海に面したこの土地の素材や文化が詰まっていて、商品の背景にある風景や歴史ごと手渡すようなギフトとして表現しています。

『結晶』の箸と桐箱
『結晶』

『結晶』シリーズの「夜空」は、名工・的場政義さんの技術がもとになったと伺いました。

そうです。的場さんは、筆で絵を描くように模様を付けていく独特の技術を持った職人でした。その技術を継いだのが藤井祐也さんで、彼はすごく丁寧で厳しい仕事をするんです。中途半端なものをお客様に渡せないという責任感が強く、それはきっと、師匠である的場さんの名を汚せないという思いがあるからでしょう。

工房で箸を手にする藤井祐也さん
『結晶』製作者 藤井祐也さん

最近発表された『rankak(ランカク)』という新しいシリーズについてもお聞かせいただけますか?「抜き模様」という珍しい技法が使われているそうですね。

はい。若狭塗にある200種類以上の伝統模様の中で、一度ほとんど途絶えかけていたものを現代の文脈で再構成したシリーズです。

伝統の継承にとどまらず、それを更新していくという御社の姿勢がよく表れていますね。

僕たちは職人の仕事を守るだけでなく、価値の作り直しをしていく責任があると思っています。『rankak』もまた、これからの若狭塗の可能性を探るひとつの挑戦です。

模様が施された『rankak』の箸
『rankak』

地域 ─ 「GOSHOEN」が紡ぐ、箸と文化の未来

続いて、地域との関わりについて教えてください。マツ勘の商品には、地元・小浜の風景や文化が色濃く反映されていると感じます。地域との関わりという点で、地元企業として御社はどのような姿勢を大切にされていますか?

昔は地域とのつながりが自然と存在していましたが、今はそうとは限りません。だからこそ、僕たち自身が意識的に地域との関係を築き直していかないと、自分たちの存在価値も続いていかないと思っています。

若い世代が箸産業に魅力を感じる機会も減っている中で、箸だけにとらわれず、地域全体を元気にすることが企業としての大きな使命だと感じています。

文化財を活用した「GOSHOEN」も、そうした考えの延長にあるのですね。

そうです。この町の歴史を語り継ぎ、箸の産地としての誇りを表現するための象徴的空間として、「GOSHOEN」のアイディアが浮かびました。ここに来ていただければ、マツ勘の世界観を感じ取ってもらえると思います。

福井県指定有形文化財の旧古河屋別邸を再生したGOSHOEN
GOSHOEN。福井県指定有形文化財「旧古河屋別邸(護松園)」を再生し、箸蔵まつかん本店、コーヒースタンド、ワークスペースを備える
GOSHOENの畳のワークスペース
地域の憩いの場でもあり、観光スポットとしても注目される"みんなの別邸"
GOSHOENの暖簾がかかる入口
暖簾がかかる入口

人 ─ 働く人がブランドの”体温”になる

マツ勘で働く皆さんについてもお伺いします。多様な役割の方がいらっしゃると思いますが、社内の"人の力"については、どう捉えていますか?

良い箸を作ることは重要ですが、それを届ける”人”の力が何よりも大切だと実感しています。どれだけ良い物を作っても、それを活かす人がいなければ売れません。人材こそが会社の資産であり、その価値を最大限に引き出せるよう、今後も注力していきたいと考えています。

従業員の皆さんとブランドの関係性については、どうお考えですか?

ブランドと従業員には、双方向の力が働くと思っています。人がブランドを育てる部分もあれば、ブランドが人を育てる部分もある。特に若いスタッフがマツ勘に入った時、まずはブランドの中にある”筋”を体感することで、「自分たちはこうありたい」と感じてもらえる。それがブランドの力になるんじゃないかと。

「GOSHOEN」をきっかけに、マツ勘で働きたいという若者も増えていると聞きました。

そうですね。実際に「GOSHOEN」を通じて4人ほど採用しています。若い人が入ることで、社内にも新しい刺激が生まれ、循環が起こる。組織にとっても非常に良い流れだと思います。

「箸の歴史」の展示パネルの前で話す二人
GOSHOEN内の「箸の歴史」の展示

ブランディング ─ 世界観を届ける力

松本さんにとって、そもそもブランドとは何だと思いますか?

単に商品の価値そのものではないと思っています。お箸は、形が整っていれば道具としての役割は果たせます。でも、毎日使うものだからこそ、意味のあるものを選びたいと感じる方も多い。私たちはそうした想いに応えられるような提案を届けていくことが使命だと思っています。それこそが、マツ勘のブランドのあり方なのではないかと。

なるほど。どんな価値を届けられるか、それを明確にすることが重要だということですね。では、そのブランドの世界観を発信する上で、各メディアの役割をどう認識されていますか?

媒体ごとに役割を分けています。YouTubeは企画性を重視し、スタッフの個性を打ち出すもの。SNSはものづくりの背景やストーリーを伝える場。Webの読み物は物事をより深く伝えられます。現場と連携し、「ブランドにとって何が適正か」「誰にどう届けるか」を意識して情報発信しています。

どう語るかという部分も、マツ勘らしさの一部ですよね。

作り手のエゴにならないようにすることを大切にしています。誰かに贈りたい、自分でも使いたいと思ってもらえるように、心を動かす伝え方を心がけています。

今後の課題はどのようなことでしょうか?

自分の代でまだやりきれていないこととして、若狭塗の価値の最大化があると感じています。道具として一定の価値はあるけれど、それ以上の価値を見出していただくためには新しい切り口が必要になる。このままでは、若狭塗という技術自体が残らないかもしれないという危機感もあるんです。

ブランドの価値を更にどう高めていけるか。そのために、技術だけでなく、それを支える文化や土壌を作っていくことも必要だと考えています。

100年後の誰かがマツ勘の箸を手に取ったとき、どんなことを感じてほしいと思いますか?

100年前、200年前の箸から着想を得て、現代のプロダクトに落とし込むという流れの中で、将来的にも魅力を感じてもらえるものを作れるかは、ものづくりですごく大事なことだと思っています。価値を長く持ち続ける箸、変化する時代背景や暮らしの文脈の中でも「理にかなっている」と思ってもらえるような箸を作り続けたいですね。

まあ、100年後どういう評価を受けるかっていうのは分からないですけれど、楽しみでもあります。「GOSHOEN」もそうですが、時間が経つにつれて価値が薄れるのではなく、むしろ時間とともに生まれる美しさや付加価値が足されていく、そんな事業を行う存在でありたいと考えています。