福井県小浜市。若狭塗の産地で、1922年から箸をつくり続けてきた会社があります。株式会社マツ勘。100年を超えて箸一筋という言葉から想像されるのは、変わらないものを守り続ける姿かもしれません。けれど今のマツ勘のものづくりは、その想像とは少し違うところにあります。
決まった型を守るのをやめた
かつてマツ勘は、決まった型を守るものづくりを続けていました。しかし流通の状況や消費者のニーズが変わっていくなかで、このままでは産地も会社も未来がないと、4代目社長の松本啓典さんは感じたといいます。
「百貨店向けだけでなく、もっと日常に寄り添った商品を作ることで、産地を支える新しい道を開きたいと考えました」
そうして生まれたのが、ギフトや日常使いを意識した『桜咲く』と『海の音』のシリーズです。
「産地の技術を親しみやすい形で届けるシリーズになったと思います。地元の和菓子店・伊勢屋さんとの出会いも、誕生の大きなきっかけとなりました。製菓の技術を活かした箸置きが、私たちの新しい挑戦を後押ししてくれました」
落雁の型が、箸置きになる
この箸置きのルーツは、伊勢屋が長年手がけてきた落雁づくりにあります。季節の移ろいや日本の美をかたちにする落雁の技術。その繊細な型づくりと造形の技を応用して、桜、貝殻、紅葉、松の4種類の箸置きが生まれました。
「落雁の柔らかさや曲線を、箸置きでも表現できるのではと思いました」と話すのは、伊勢屋の上田浩人さん。箸置きをつくるのは初めての試みで、箸の形や大きさに合わせるために試行錯誤を重ねたといいます。
「落雁と箸置きは結びつきにくそうにも思えますが、季節を感じるアクセントとして、お客様への面白い提案になったと思います」
地元にある美しさと、遊び心
この箸置きは市場のニーズに応えながらも、マツ勘らしい遊び心を込めたものになった、と語るのは同社クリエイティブディレクターの堀越一孝さんです。
「まさに”地元にある美しさ”と”僕たちの遊び心”が重なり合ったシリーズです。伊勢屋さんの協力で箸置きができたことで、こんな面白い商品が作れたんです。あの時は求められていることも明確で、そこにどう自分たちらしさを乗せていくかを楽しみながら取り組みました」
「堅苦しさゼロで楽しんでほしい。僕たちが目指す”暮らしのわくわく”につながるんじゃないかと思っています」
堀越さんはもともと異業種の出身です。小浜に移住したのち、現場に飛び込んで職人や商品と向き合い、マツ勘ならではの商品企画を支えてきました。
「この町、この会社には、まだ誰も手をつけていない”余白”がある。だからこそ、型にはまらず、もっと自由にお箸を楽しんでほしい。それが、私がマツ勘に感じた可能性でした」
職人と対等に向き合う
その想いがかたちになったのが、伝統工芸士の古川勝彦さんとともに開発した『rankak(ランカク)』シリーズです。若狭塗に伝わる200種類以上の伝統模様のうち、ほとんど途絶えかけていたものを現代の文脈で組み直した、塗箸業界の常識の外にある商品でした。
「職人さんと対等な立場で向き合い、意見を交わしながら、一緒に模索していく。その積み重ねが、職人さんたちの技や誇りをより輝かせるきっかけになるはずだ」と堀越さんは考えています。
完成品が試作よりも美しく仕上がったときの感動は、堀越さんにとって忘れられない体験になったといいます。
「作り手を信じること、対話を重ねることが、良いものを生み出してくれたのでは」
継いでいるのは、業界の2%
若狭の塗箸業界で、伝統技法を継承しているのは全体のわずか2%です。そのなかでマツ勘は、ただ守るのではなく、変わり続けることで職人の未来と産地の未来をこれからの暮らしにつなごうとしています。
堀越さんが印象深く語っていたのは、こんな言葉でした。
「わくわくするものを作るためには、まず会社の内側から雰囲気を温めていかないといけない」
作り手自身が楽しむ空気こそが、ものづくりに反映される。だからこそマツ勘では、社内の環境や関係性を丁寧に育てながら日々のものづくりに向き合っている、ということが伝わってきました。
若手社員の育成についても、堀越さんはこう話します。
「やりたいことを自分で見つけてほしいんです。だからこそ、僕からあえて最初に答えを与えたり、過度に助けたりはしないようにしています。自発的に動いてもらえる環境を作ることが大事だと思っています」
職人との関係と同じように、若い世代とも対話と信頼を重ねながら、新しい発想を引き出すことを大切にしている。その姿勢は、マツ勘がこれから広げていきたい暮らしの提案にもつながっています。
食と人をつなぐ存在に
「小浜は食文化の街。でも、実際にその文化に触れられる場は少ない。だからこそ、お箸をきっかけにそれを届ける。食と皆さんをつなぐ存在になりたいんです」
マツ勘が目指すのは、商品だけでなく、文化や暮らしそのものを届ける存在であること。その想いを、松本社長もこう語ります。
「変わり続ける会社でありたい。その中で、流通やサプライヤーの皆さんとも、新しい市場を一緒に作っていきたい」
「今日、どの箸にする?」
そんな小さな問いかけから、いつもの食卓が少し楽しくなる。マツ勘の箸づくりは、塗箸メーカーの枠を超え、産地を超えて、現代の暮らしに寄り添っていきます。