「青粒・盛金(あおちぶ・もりきん)」は、九谷焼の加飾技法のひとつです。金やプラチナで描かれた、柔らかく厚みのある文様。その余白に、青い絵の具で「青粒」と呼ばれる微細な点を、等間隔に打っていきます。

この技法を先代から受け継ぎ、さらなる高みへと導いているのが、三代・仲田錦玉さんです。伝統に新しい息吹を吹き込みながら、国内はもとより海外でも高く評価される作品を手がけています。石川県の工房を訪ね、職人になるまでの道のり、道具のこと、そしてこの技法をどこへ運ぼうとしているのかを伺いました。

イッチンで青粒を打つ手元
イッチンと呼ばれる道具で、青い点をひと粒ずつ打っていく

三十歳で、家業へ

青粒は、錦玉さんの祖父の代から続く技法です。家業を継ぐことに大きな重圧があったかというと、そうでもないようでした。誰かに強いられたわけではなく、三十歳になった頃、自然とその道に入っています。

「それまでは普通の会社で働いていました。子どもの頃はこの仕事が世の中に知られていて需要もあったので、継ぐことを深く考えたことはなかったんです。ただ、年々この業界で働く人が減ってきて。三十歳くらいのときに父から『継ぐなら、覚えるのに時間がかかるから早く修業を始めないと』と言われました。そのときも、そんなに深くは考えていませんでした」

修業に入る前は、金融の会社で営業をしていました。慣れない仕事に最初は苦労したものの、職人の道に入って気づいたことがあります。身体の使い方でした。

「はじめは長時間座っているのがとても疲れました。でも数か月で慣れて、今は一日中座っていても平気です。むしろ営業の仕事のほうが疲れていたと思います」

九谷焼の職人になるには何十年もの修業が要ると思われがちですが、錦玉さんの修業期間は先代のもとでおよそ十年。七年目に三代目を襲名しました。受け継いだ技術を磨いて十年が経ち、いまはオリジナルの作品も手がけています。

「最初は自分の作品を作りたいという気持ちが特にあったわけではありません。ただ、だんだん自分の性格や好みが作品に出てくるようになりました。それはどの作家も同じだと思います。父とは性格が違いますから、自然と違うものが生まれてくる」

工房で絵付けをする仲田錦玉さん
三代 仲田錦玉さん

受け継いだ技法を、ひらく

代表的な青粒の様式の多くは、二代がつくり上げたものです。三代目はそこに細やかな描写と洗練された意匠を重ね、プラチナを使う技法を確立しました。

さらに、余白を生かした表現にも取り組んでいます。着想の源は琳派でした。

「琳派の絵に出会ってから好きになりました。余白のある構図や、渦を巻くような文様を九谷焼で表現したいと思ったんです」

季節を問わず制作は続きます。どの季節が一番難しいか尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「夏が一番大変です。乾くのが早いので。下地でも金でも、作業の途中で乾いてしまうとムラになる。エアコンで温度は調整できますが、除湿されるとかえって早く乾くので、そのあたりの兼ね合いが難しい。梅雨のほうがむしろ楽なんです」

青地に桜と金の文様が施された龍の置物
九谷焼/仲田錦玉 青盛金青粒 龍

道具をつくる人がいなくなる

微細な点をひとつずつ描いていく仕事は、道具の善し悪しに左右されます。青粒に使うのは「イッチン」と呼ばれる、先端に穴の開いたペンのような道具。錦玉さんが使うものは、京都の職人による特注品です。かつては竹筒に絵の具を入れて使っていました。気泡が入ると描くリズムが乱れ、作品の均一さに影響してしまいます。

「道具は大事です。筆はすべて特注で作ってもらっています。奈良で作られた筆で、盛金の工程では筆の腰の強さが決め手になる。京都の有名な筆屋・稲元さんが廃業してしまったので、その筆の感覚を再現してほしいと奈良の職人にお願いしたことがあります。あそこまで忠実に作り直すのは、本当に技術が要ることです」

信頼できる職人の道具を、まとめて注文しておくといいます。

「職人さんの多くは六十代、七十代で、後継者がほとんどいません。だから筆はできるだけ多く注文するようにしています」

道具をつくる人の減少は、九谷焼に限った話ではありません。伝統工芸を支える裾野が、静かに細っています。

赤い地に金とプラチナで葡萄が描かれた花瓶
九谷焼/仲田錦玉 赤盛金白粒葡萄文 花瓶

使う人の、うれしさのために

作品の着想はどこから来るのでしょうか。

「『この題材や絵はおもしろいかもしれない』という、単純な感覚です。お客様が作品を見て喜んでくださるのが励みになる。あまり深くは考えていません。美大や芸大を出ていないので、入口も根っこも違うのかもしれません。芸術性を追い求めるよりも、お客様に喜んでいただくことのほうが先にあります」

最近では、蛙をモチーフにした作品が生まれました。ある陶芸家の工房を訪ねたときに思いついたもので、当初は半信半疑だったといいます。ただ、蛙が縁起物として好まれることを知り、試してみることにしました。美術館や東京の店を訪ねたときに見たものが、後から思わぬかたちで作品につながることもあるそうです。

海外で好評を得ている理由については、こう語ります。

「作品を通じて、異文化としての日本的な感性が伝わっているからではないでしょうか」

葡萄や桜の文様を描いた花器、干支をモチーフにした置き物が、特に支持を集めているそうです。猫、兎、柴犬、梟。桜の文様は、日本を訪れる旅行者の増加とともに人気が高まりました。

白磁に白い粒と金の文様が施された龍の置物
九谷焼/仲田錦玉 白盛金白粒 龍

平面では伝わらないもの

一方で、作品を直接手に取ることのできないインターネット販売の難しさも感じているといいます。

「ウェブサイトの写真だけでは、作品を平面でしかお見せできません。青粒や盛金ならではの質感や奥行きといった立体的な魅力を、お客様にお伝えするのがとても難しいんです。だからこそ、さまざまな専門的スキルをお持ちの方に、そうした部分をしっかりと伝えていただければと願っております」

これからについて尋ねると、「金を好む文化がありますから、中国や欧米にもっと広げていきたい」と答えてくださいました。器としての実用と、作品としての美しさ。そのあいだで均衡を探りながら、制作を続けています。

「この仕事で一番意味があるのは、お客様が求めているものをつくろうと努めることです。その過程を楽しんでいます」

自身の作品を使う人の幸せを常に念頭に置き、日本の伝統工芸の技術と美意識を世界へ届けたい。錦玉さんのその思いを、100年以上の歴史を持つ「青粒・盛金」の魅力とともに海外のお客様へお届けできるよう、私たちは架け橋としての役割を果たしてまいります。

仲田 錦玉(なかだ きんぎょく)

三代 仲田錦玉。石川県。金融の会社に勤めたのち、三十歳で二代 仲田錦玉に師事。約十年の修業を経て三代目を襲名する。祖父の代から受け継がれる「青粒・盛金」の技法を軸に、プラチナを用いた表現や、琳派に着想を得た余白のある意匠など、独自の作風を展開している。