岡山県備前市伊部。室町時代末期から続く「備前焼窯元六姓」直系の窯元、宝山窯で作陶する森敏彰さんを訪ねました。

私たちが初めて宝山窯を訪れたのは、窯出しの日でした。海外の撮影スタッフがひしめく緊張感のある現場でしたが、森さんは初対面の私たちを温かく迎えてくれました。なかでも印象に残ったのは、伝統工芸についての質問に対して、自分が感じている危機感を率直に話してくれたことでした。

窯の前に立ち、窯出しの作業を進める森敏彰さん
窯出しの日の宝山窯

美術ではなく、文化財学を選んだ

森さんは大学で文化財学を学びました。芸大や美大ではなくその道を選んだのは、備前焼に対して美術的な部分よりも、まず環境を変えなければならないという意識があったからです。文化財の保存や修復を含めて、環境面を整える勉強をしたかったといいます。

「当時は、備前焼や伝統工芸に対して、芸術論や技術論を掲げるより、どう伝えていくかとか、どう広げていくかの方が重要だなと思ったので、みんなとは少し違う部分からアプローチしつつ、その業界や地域に少しでも貢献できればという気持ちがありました」

学んでいくうちに、備前焼や伝統工芸が置かれた現状にも直面することになりました。

「備前焼や伝統工芸も文化財と同じで、守っていく部分や伝えていく部分、活用する部分などたくさんありますが、今後どう変わっていくべきなのか、色々と考えさせられました」

20代、30代の「今」を優先する

歴史そのものが何にも代え難い強みである一方、その強さのなかで守られてきた部分にも手を入れなければならないと森さんは考えています。

「伝統があるがゆえに、型にとらわれる傾向があります。『こうあるべきだ』『こうじゃないといけない』みたいな流れがあって、僕はその考え方自体が可能性を狭めているように感じたので、そうじゃない感じで常にやってます」

その考えは、若い世代との関わり方にも表れています。森さんは、手伝いに来ている人たちに、他の場所で学んだり、自分の作品をつくったりする時間を確保するよう、休みを取ることを勧めています。

「20代、30代の自発的に動ける時間ってすごく重要だと感じています。将来を担ってる子の”今”が大事なので、僕はそっちを優先してあげたいなと。だから、スケジュール管理は徹底してやってます。みんなお互いにフォローして、立場は対等だから、上下関係はないからっていう感覚ではやるように心がけてます。ごはんを食べに行ったら、さすがに割り勘にはしないですけどね」

展示場で作品を手に取りながら話す森敏彰さん
森敏彰さん

ものが回れば、人が回る

森さんが続けている新しい取り組みのひとつが、陶芸教室です。目的は「ものを回すこと」だといいます。

「経済学を学んだわけではないですが、感覚的にまずはものをどう動かすかが重要だと思っています。僕たちはものを作る人間なので、それをどう売り、どう捌いていくかが大事。注文を受けたり、店で買ってもらったりすることはありますが、それだけでは人が回らないこともあります。そのため、自分たちに足りないものを補う意味で、陶芸体験も始めてみました」

体験そのものの利益は小さい。それでも、そこで関わった人がまた買いに来たり、別の人を連れてきたりして、人が動くことに意味があるといいます。そのサイクルができあがると、約2500点が入る登り窯を焚く回数も増え、注文への対応も早くなる。

「その対応のスピードが、他の人たちよりも早いと評価をいただいて、また次の注文にも繋がっていくっていう、流れができてくる。結果的に、お金はついてくるものなんです」

登り窯の内部に整然と積み上げられた備前焼
約2500点が入る登り窯

続けられるやり方で、自分たちの手で

2020年には、自社のウェブサイトを無料のフォーマットを使って自力で立ち上げました。コロナ禍で時間ができたときに、店に並ぶ作品をすべて撮影して掲載したそうです。

きっかけは、展示会に出たときにカタログがないと不便だと感じたことでした。ただ紙で作ると新商品が出るたびに更新の負担が大きい。そこで、見本を見られるサイトとして、そのまま注文も受けられる形にしました。結果として、個人と法人の両方から注文が入るようになり、営業の手間も省けているといいます。

運営のコツを尋ねると、答えは「自分で続けられること」でした。

「もの作りのプロだから、凝った物を作ろうとするとハードルがあがってしまうんですが、FacebookでもInstagramでも、ちょっとサイトに埋め込んで、そこだけでも更新されてるみたいな気軽なところから始めていけばいいと思っています」

窓際に並ぶ備前焼の花入や手桶
宝山窯の作品

海外の方が、学んでいる

森さんは長年、海外と積極的に関わってきました。窯出しの現場を海外の撮影チームに公開し、海外の陶芸家との交流も続けています。アメリカのギャラリーや窯を巡る旅に出たこともあり、近年はシンガポールの仲間を通じて世界各地へ作品を出荷しています。

「海外は日本のものづくりの魅力とか、伝統の素晴らしさっていう部分を、多分、日本人以上に学んできているところはありますよね。今、和食であったり、日本酒っていうものが、どんどん海外進出していってる。そこで、日常的にうつわを感じてもらいながら、『備前焼ってものがあるんだ。日本の伝統工芸ってこんなものがあるんだ』っていうのを、まずは教育するというか、伝えていかないといけないですよね」

更地で渡す

伝統工芸において大事なのは次の世代であると、森さんは強く信じています。

「見て学べ、聞いて学べじゃなくて、言葉にして次の代に伝えてあげられるかっていうことが僕らの代の仕事なのかなと思ってます。これからの世代が、今いる人たちよりも上を目指せるような環境を作っていけるように、しがらみのない更地で渡してあげたい。その方が、いろんなことができるし、その時代にあったものを建てることができると思います」

守るべきものを守りながら、渡すときには何も建てずに渡す。そのふたつが同じ人のなかで両立していることが、宝山窯を訪ねて最も印象に残ったことでした。

森 敏彰(もり としあき)

備前焼作家

1982年、岡山県備前市伊部に生まれる。室町時代末期から続く「備前焼窯元六姓」直系の森家に育ち、大学で文化財学を学んだのち、備前陶芸センターで研修。2006年から宝山窯で作陶を始める。国内外での展示会や陶芸体験を通じて、備前焼の魅力を伝える活動を続けている。

備前焼窯元 宝山窯

「備前焼のふるさと」と呼ばれる岡山県備前市伊部を拠点とする、備前焼窯元六姓直系の窯元。現在使われている扇形の陶印は、最古のもので室町時代末期の大甕に印されていることがわかっている。壺、花入、皿、茶碗、徳利、ぐい呑など幅広い焼き物を手がけている。